日本養液栽培研究会 | Hydroponic Society of Japan

みやぎの養液栽培研修会から

通信員 龍野栄子(宮城県農業園芸総合研究所)

第一部 土壌物理学への誘い 明治大学 登尾浩助助教授の講義を聴く

農業関係のセミナーで物理の講義が聴けるなんてめったにない機会ですが,3月15日,宮城県農業・園芸総合研究所で開催された「みやぎの養液栽培研修会」において,明治大学の登尾浩助助教授による講演がありました。タイトルは「養液栽培の培地内における水および肥料成分の動きに関する基礎理論」と「TDR法による土壌水分と塩分の測定」。

研修会参加者は養液栽培を実践している生産者,普及員が中心でしたが,タイトルを見て,一瞬「何の話?」という雰囲気につつまれたのは,多分間違いないです。でも,登尾先生はとても気さくな方で,講演の内容は難しいものでしたが,(興味の度合いによって差があるかもしれませんが)とても分かりやすいお話でした。

「これは,明日すぐ儲かる話というわけではありませんが」という前置きでスタート。 土壌物理で何ができるのか。「"将来の水"を予測することができるのです」,というわけでテーマは「水の動きを知ろう」。作物栽培では肥料をいかに効率よく作物に吸わせるか,ということが重要ですが,土の中での肥料の動きは見ることができません。そこで「経験」に頼ります。でも,予測することができたらどうか。土や作物の状態,気候にあわせていつ・どのくらい肥料をやればいいか,知ることができたら。

肥料を動かす水の移動に関わる要因を数値化していくと,水の動きが見えてくる。予測することができれば,管理することができる。「経験と勘」の農業から,「予測と管理」による合理的な農業へ。

講義のほとんどは水の移動に関する数式の解説に費やされました。

水は何に従って動くのか。「水は,高いところから低いところへ流れる。当たり前のような表現ですが,正確ではありません。水は『ポテンシャルエネルギーの』高いところから低いところへ流れるのです。」というのが印象深い表現でした。その「ポテンシャルエネルギー」とはなにか。土壌中の水にはどんな力が働いているのか。また,土壌の物理的な性質によって水の移動はどのように影響されるのか。

それらを表現するためにどんな数式があり,それぞれの式がどのように導きだされているのかが次々と丁寧に解説されていきます。本を読んでもなかなか理解できなかったことがするすると入ってくるのが,非常に心地よかった。土壌物理学初心者である自分としては,この「ポテンシャルエネルギー」や「フラックス」という概念をうまくとらえることができなくてもどかしい思いをしていました。「水が今ある場所にとどまるためのエネルギー」「いろいろな流れ方をする水を単に通過量として表現したもの」,登尾先生の話でイメージとしてとらえることができたのは大きな収穫でした。

後半は「TDR法による土壌水分と塩分の測定」,ちょっとかけ足でしたが,実際の測定技術についてのお話でした。まずはTDR法についての解説から。TDRプローブは対象となるものに電磁波をあててその反射時間を測ることで水分含量をはかるもの。最近よく使われているということです。通常は水分を測るために使われるTDRですが,ECも測れるそうで,TDRで測る比誘電率とECの相関はかなり高いそうです。さらにそれを使って土壌中の硝酸態窒素を測った事例など,先生の研究の一端も紹介していただきました。

農業分野においては土壌物理的な理論に基づいた研究というのはあまり進められていないのが現状だと思いますが,養液栽培のような高度な施肥管理が可能な栽培には,土壌物理的な考えも必要だと改めて思いました。現在ある水分移動シミュレーション技術を栽培に応用するための課題の一つは,作物の生育への適用例がないということでした。このような研究について栽培研究からのアプローチを加えることで,養液栽培はさらに合理的な栽培方法になるのではないかと思いました。

第二部 実習 培地と土壌の違い

はじめに…

養液栽培では,ロックウール(無機質培地)やヤシ殻繊維(有機質培地)など,土以外の培地を利用することがほとんどです。このような培地は,土壌とはまったく異なる性質を持っています。

培地について

●培地の種類
無機培地
  • ロックウール
  • パーライト
  • バーミキュライト 他
有機培地
  • ヤシ殻繊維
  • バーク
  • もみ殻 他

●培地の特性
<物理性>
  1. 孔隙率は60~95%,三相分布はpF1~2でも十分な気相があり,含空気孔隙量はpF1で18~23%。
  2. 水性が良く通気性が良好で,しかも排水性に優れ,点滴かん水等によって培地内に均等に浸潤する。
  3. 有効水分が十分ある。
<化学性>
  1. 陽イオン交換容量は小さい方が養分の吸着が少なく,養液での栄養コントロールがしやすい。
  2. pHは5~6となるように調節する。
●培地が備えるべき条件・特性
  1. 水の拡散(透水性)が良好で,水分管理がしやすい。
  2. 養分吸着がなく,養分管理がしやすい。
  3. 材料が均一で,長期にわたり変化がなく安定している。
  4. 入手が容易で安価。
  5. 塩類,毒物,重金属など阻害物質が含まれない。
  6. 雑草の種子,病原菌が含まれない。
  7. 使用後の処理が安全で簡単にできる。

この実習では,1.「水の拡散」と 2.「養分吸着」の性質について簡単な実験をして確認してみましょう。

実験1 培地は土壌と違って水の拡散(透水性)が良い

下図の実験装置に黒ボク土とロックウール(スラブ)が充填してあります。

実験装置 図

上から一定量の水を与えると,どちらが速く水が抜けるでしょうか?

ロックウールなどの培地は,固相率が小さく,孔隙率(気相+液相)が大きい特徴があります。液相と気相は裏腹なので,給液直後には,気相がほぼなくなり,液相になります。しかし,液相と気相の比はすぐ戻ります。

一方,黒ボク土などの土壌は,培地よりも固相率が大きく,給液直後に液相率が高まっても,すぐには水が抜けないので,液相と気相の比はゆっくり戻ります。(下図)

三相分布の違い グラフ

実験2 培地は土壌と違って養分吸着が少ない

実験装置 図
ドリッパーから硫酸銅水溶液が給液されます。

右図の実験装置に,下記の培地や土壌が充填してあります。

<培地>
  • ロックーウール(スラブ)
  • ヤシ殻繊維
<ミックス>
  • ヤシ殻+鹿沼土
<土壌>
  • 黒ボク土
  • 鹿沼土

下のペットボトルに溜まった排液の色は,土壌や培地によってどのように変わるでしょうか?

給液 黒ボク土 鹿沼土 ヤシ殻+鹿沼 ヤシ殻 ロックウール

*0(透明)~5(給液)段階で評価

土壌中に含まれる粘土は,マイナスの電気を帯びています。その性質によって周囲に存在する電気的に中性な粒子やプラスの電気を帯びている物質をその表面に吸着します。(この量がCEC=陽イオン交換容量)土壌では,硫酸銅水溶液中に含まれている青色の銅イオン(Cu2+)が土壌中の粘土(マイナス)に吸着され,排液の色が変わることが確認できます(下図)。一方培地では,CECが小さいために排液の色は給液の色とほとんど変わりません。

つまり,肥料中に含まれる陽イオン(NH,Ca2+,K等)は,土壌に吸着されます。しかし,養液栽培に用いられる培地では,与えた肥料が吸着されることなく植物に効率的に吸着されます。

模式図

引用文献:養液栽培の新マニュアル
社団法人日本施設園芸協会編(誠文堂新光社)

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