日本養液栽培研究会 | Hydroponic Society of Japan

園芸学会平成19年度春季大会(京都)
小集会「有機肥料の養液栽培」に参加して

通信員 渡辺慎一(九州沖縄農業研究センター)

少し前の話になりますが、春の園芸学会で行われた「有機肥料の養液栽培」小集会に参加しました。本技術は、農研機構野菜茶業研究所によって開発された技術で、これまでも取り組みがある「有機物を無機化してから与えて」行う養液栽培ではなく、「有機物を直接与えて」養液栽培を行う、ということが大きな特徴です。

集会では開発者の篠原信研究員から技術の内容等について発表が行われたほか、茨城大学の佐藤達雄氏、宮崎県農業生産者の新門剛氏、名古屋大学学生の渡邊篤敬氏からも栽培事例について紹介されました。いずれの方々もこの技術の可能性を高く評価しており、まだまだ生まれたての発展途上の技術ながら、今後の展開が楽しみだと感じました。

すでに以下の執筆記事などがありますので、本技術についての詳細についてはそちらでご覧下さい。

また、後日、篠原研究員に本技術の栽培現場を想定した場合の利点、研究手法としての可能性、現状での問題点等について、思いの丈?を書いていただきました。かなり長いですが以下に記しますので、ご関心のある方はお読み下さい。

「有機肥料の養液栽培」とは文字通りの技術なのだが、「有機肥料を使えるようになりました」というだけにとどまらない、イノベーティブ(創造的)な現象がいくつも見られるという点で、この技術は非常に興味深いと考えている。

どこがイノベーティブか、という点を列挙すると、次のようになる。

1.腐熟化・堆肥化の工程が不要。
有機肥料を利用する場合は、土耕栽培であっても有機物の腐熟化を事前に行う必要がある。未分解の有機成分が植物によくない作用を示すことが多いためである。しかし本技術では、(粉砕などの物理的処理は必要だが)菜種油粕や植物残渣などの未分解の有機物をそのまま養液中に投入し、肥料とすることができる。これは、堆肥化などを行う設備を必要としないということであり、有機物利用の観点から画期的だと考えている。
2.悪臭が発生しない。
有機肥料につきまとうのは、ニオイの問題である。堆肥化の過程ではどうしても有機酸やアンモニアなどの悪臭成分の発生が避けられず、有機農業が疎まれる原因となっている。しかし本技術では、有機物が速やかに養液中で無機化され、悪臭物質の滞留がないため、これといったニオイが発生しない。この点も、これまでにない革新的な点だと考えている。
3.固形肥料など、さまざまな肥料を利用できる。
本技術とよく混同されるものに、有機養液土耕がある。有機液肥を灌水チューブで送液して栽培する土耕栽培であるが、装置の構造上、肥料は液体のものしか利用できないという限界があった。だが、本技術では、水耕栽培のように配管を太くできるものであれば、菜種油粕のような固形肥料をそのまま養液に投入して栽培できる。肥料の性状に制約されないという点で、大きな進歩を遂げている。このほかにも、鰹煮汁(鰹節工場の廃液)やメタン消化液などの有機性廃棄物を利用でき、養液栽培の幅を広げる技術だと考えている。
4.根部病害が抑制される。
今後さらに検討を加えなければならないが、青枯病菌を養液に添加しても青枯病が発生せず、養液から青枯病菌が検出されなくなるという現象が確認されている。通常の養液栽培では青枯病菌の侵入があると、全滅に近い被害になることが知られており、根部病害を抑制することが可能というのは、非常に興味深い現象であると考えている。養液中の微生物の多様性が病原菌の繁殖を抑えているのだろうと推測しているが、今後、メカニズムを解明できれば、化学肥料を使った養液栽培にも応用し、根部病害を抑制することも可能になるのではないかと期待している。
5.「不清潔」に維持できる。
通常の養液栽培では土ぼこりなどが入るとフザリウム病やピシウム病などの発生源になりかねず、清潔に保つことが求められる。しかし本技術では、少々の土ぼこりが養液に入っても問題にならない(そもそも、微生物の接種源に土壌を利用している)。栽培前に行っていた栽培装置の消毒も不要であり、負担軽減に大きなメリットがある。
6.ゼロエミッション(ごみゼロ)の養液栽培が可能。
トマトの栽培では、腋芽や不良果などの植物残渣が毎日、1ヘクタールあたり1トン排出されるといわれる。これらについては畑に鋤き込むなどの処理が行われてきたが、大型温室での栽培になるとそれでは追いつかず、産業廃棄物としてコストをかけて処理しているという実態がある。しかし本技術では、トマトの植物残渣を肥料としてトマトの栽培に成功しており、ゼロエミッションの栽培技術として可能性があると考えている。また、本技術は養液を循環利用するのに適しており、養液を廃液として排出せずに済み、仮に廃棄したとしても養液には窒素成分などの肥料成分がほとんど残存せず、環境に悪影響を与えないので、エコロジカルな技術だと言える。

上記は栽培現場を想定した新規性だが、研究的意義も大きいと考えている。

1.バイオフィルム(微生物の構造体)のリアルタイム解析が可能。
本技術で興味深いのは、根の表面を覆うバイオフィルムの存在である。根に付着するバイオフィルムは有機態窒素を硝酸態窒素にまで無機化するのに要する微生物群が含まれており、養液から硝酸態窒素などの肥料成分が検出されなくなる原因と考えられる。有機成分をどのようにして無機化するのか、微生物の生態系をそのまま利用してリアルタイムで解析できるという点は、従来にはあまり見られない研究対象である。このような研究は、土壌という媒質が存在する土耕栽培では困難だったものであり、化学肥料による養液栽培ではそもそもバイオフィルムが形成されなかったため、不可能だった。バイオフィルムは歯垢や腸内微生物叢などが知られているが、変動が大きかったり採取が困難だったりするなど、研究遂行が難しかったが、本技術で見られるバイオフィルムは安定性が高く、解析に適した研究対象である。今後、微生物間の相互作用という、検討が難しかったテーマに踏み込むことが可能になるのではないかと考えている。
2.植物と微生物の相互作用の解析が可能。
本技術で栽培すると、水中根で根毛の密生が見られるという興味深い現象が観察される。化学肥料の養液栽培では水中根に根毛が見られないことが知られており、おそらく、根の表面を覆うバイオフィルムが根毛の発生を誘導していると考えられる。トマトを本技術で栽培すると青枯病菌の感染を抑えるなど、植物が微生物生態系をコントロールする可能性が示唆されており、根圏の微生物と植物の相互作用を解析するのに、本技術は一つの突破口となる可能性がある。これまでの研究では、土という媒質がジャマになり、解析が困難になると共に構造を破壊しなければならず(根を引っこ抜かなければならない)、研究が思うように進められなかった。本技術は、これまでブラックボックスだった根圏という世界を解明する重要な糸口となると考えている。

その他、「栽培」、「研究」の視点から離れて、有機性廃棄物の処理技術としても、本技術は興味深いと考えている。

1.有機肥料を原料とする無機肥料の製造が可能。
無機肥料と言えば、これまでは化学肥料とほぼイコールだった。有機肥料に含まれる窒素成分を硝酸態窒素に変換するなど、効率的に無機化する技術がなかったためである。有機成分の無機化技術としては廃液処理技術が知られているが、この処理方法では硝酸化成がそのまま脱窒反応に連動してしまうため、窒素成分が抜けてしまう。高濃度の硝酸態窒素に無機化する技術はこれまで確立されていなかった。しかし本技術では脱窒反応を抑え、有機態窒素を効率的に硝酸態窒素に無機化するため、有機肥料を原料とした無機肥料の製造方法としても応用可能である。
 こうして無機化された養液を、製塩技術として知られるイオン交換膜法のような技術で濃縮・乾燥すれば、無機肥料の粉体として回収することも可能と考えられる。濃縮・乾燥させる周辺技術が開発されれば、有機性廃棄物が持っていた欠点(臭い・変質する・保管に場所を取る・運送コストがかかる・処理に日数がかかる)を克服した、有用な無機肥料の製造が可能になるだろう。
2.都市内のゼロエミッション・システムの構築が可能。
公園やビルのトイレで発生する糞尿などの有機物を本技術で無機化し、公園の植え込みや屋上の緑化設備などに灌水すれば、都市部で発生する有機性廃棄物のゼロエミッション技術として利用することが可能になるだろう。これは、東京大手町のパソナO2が運営する地下農園のように、都市部での食料生産というコンセプトにも合致し、「都市農業」という、これまでなら矛盾するとも思われた、農業と都市空間のコラボレーションが可能になるかも知れない。

最後に、現時点での本技術の問題点を挙げるとするなら、次のような点だろう。

1.適切な施肥量の管理技術の確立。
園芸学会小集会での茨城大・佐藤氏の発表では、私の試験結果とは逆にフザリウム病の発生が見られた。過剰施肥で根のバイオフィルムが発達しすぎているのが観察されたことから、根圏が嫌気的となって病害抑制効果が失われたのではないかと考えている。施肥管理を適切に行うには、養液の濁度を吸収波長600nmで吸光度0.1以下に管理するとよいが、それには濁度計と自動施肥装置が連動する機材の開発が必要である。根圏病害の抑制効果を十分に引き出すためにも施肥管理は重要であり、こうした周辺機器の開発が求められる。
2.作目ごとに調製したブレンド肥料の開発。
有機肥料に含まれる肥料成分のバランスは、肥料の種類によってまちまちであり、窒素、リン酸、カリのバランスを整えることが重要である。有機肥料の多くがバランスに欠けており、ブレンドすることが必要である。あらかじめ栽培に適したブレンド比の有機肥料を開発することが、本技術の普及に際しては必要であろう。
3.水づくり(耕水工程)の簡略化。
本技術で決め手となるのは、水づくりと呼んでいる耕水工程である。土壌微生物を接種し、有機物を徐々に添加することで無機化を行う微生物生態系を構築するのだが、有機物の添加が過剰になると硝化菌が死滅してアンモニア化成で分解が止まっていわゆる腐敗した状態になってしまったり、有機物の添加を続けすぎると脱窒菌が発生して硝酸態窒素が減少してしまったりなど、耕水工程ではいくつかの注意点がある。こうした面倒を省略し、すぐに栽培に取りかかれるよう、あらかじめ種菌となるような資材があると便利である。既に基礎実験では感触が得られているが、今後有用な種菌を開発する必要がある。

以上、長々と述べたが、本技術は、「養液栽培で有機肥料が使えた」以上の数々のイノベーションが生まれており、今後の研究次第では、新たな派生技術や、初めて解明が進む研究分野(微生物と植物の相互作用など)などが生じる可能性があり、期待のふくらむ技術だと感じている。

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